アバター、鑑賞。劇場で3Dで。IMAXじゃないけど。
立体感もすごいけど世界観もすごかったよ
初っ端の冬眠マシンから排出されるときの臨場感ったら!三半規管がぐにゃ~と狂う動き。これは小さい頃新宿で観たスターウォーズエピソード6の森林での空中バイクバトル以来かも。
あっ、筑波万博の富士通館(よく覚えてるな…)と未来館のメガスターもそんな感じだけど、それら以上のすごさでした。
兄弟の死体を見るとき主人公は何か不自然に首を傾けて見ます。なのでそれが妙に印象に残りしばらく後のシーンの惑星でアバターの入っているチューブを見る時の首の動きと似ているように見えた。死と再生の対比か?考え過ぎか?。
惑星の生態系の見事さ。小さな虫ですら奇妙に見え、そして美しい。ここまで世界観にこだわった映画は無いかも。
そして漫画のMOONLIGHT MILEを思い起こした。科学によって人類の活躍する場所や規模が拡大、進出してもやっていることの本質は全く変わらない人類の愚かさ。結局、資源を求めての無茶な開拓、侵略、覇権争い。
とはいいつつこのストーリーは…ナウシカ…そしてインディペンデンスデイとか…もちろんエイリアン2も…あとトゥルーライズも…その辺をちょちょいと混ぜると完成です?言い過ぎ?。
インディペンデンスデイと違うのはアメリカ万歳ではなく911以降のアメリカ帝国を皮肉っているところか。
空中戦ではトゥルーライズ同様、ミサイルの辺りに人が引っ掛かって振り回されるシーンあり。これ好きなんかな??
これだけの世界観を構築したのだから科学考証は完璧なんだろうな…アバターとの二重生活を営むジェイクの生活サイクルはどうなってんの?その辺て描かれてましたっけ??おらが見落とし?とか細かいことは気にしない気にしない。気にしないというか気にならないくらい面白いんだからいいよん。
そしてモヒカン魂。最新の完全武装した白人に叶わないと分かっていながら挑む青色原住民スピリット。
初めてネイティリがジェイクの実物と遭遇するシーンの見事さ。抱き抱える時の腕や肘の長さがそれぞれの大きさの違いを強調している。
アバターのジェイクとは全く違って自分よりかなり小さくそして吸入マスクの装着がギリギリで酸欠直前のジェイク。
ジェイクを抱き抱えるネイティリ。主演のサム・ワーシントンは178cmあるらしいが大きさの違い、そして弱った様からまるで赤ん坊のように見える。
ネイティリの菩薩顔も相まってあたかも聖母と抱っこされる赤ん坊のよう。
この辺はジェイムズ・キャメロン映画に共通する強い女性像の象徴にも見える。
身長が凄まじいほど違うけど気にならない。ハンディキャップや性別、人種どころか生物種を超える愛の崇高さが美しい。
そして「I see you.」というセリフ。
拙い英語がより親愛を伝え合えることになる。今まで拙い言語でコミュニケーションしてきたフリが効いてる。
最後の帰還の行列シーンは戦争の虚しさを十分に表現。
顔の大きさが違っても気にならない、家族、部族、種族、人種、生命種を超えた愛の表現。
エンドクレジットではサーバ系の人達までクレジットされてましたがこの辺は他の映画でもそうだったし今や当たり前なんだろうね。
と思っていたらtech supportの人達!(社内システムサポート?うまくニュアンス伝わらんか?)までクレジットされてたのには驚いたよ。
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