デジタル: マイコン、ファミコン、ゲーセン。雑誌アスキー、ログイン、遊撃手、BNN(Bug News Network)、高校部活、大学時代の思い出です...。(漂流記かも...): その2

で、次に雑誌、遊撃手、BNN(Bug News Network)ですが、今ではコラムニスト、TBSラジオ「たまむすび」の月曜日の出演でも有名な小田嶋隆さんがライターとして参加されておりました。ゲームレビューとかエッセイとかだったと思うのですが、とてつもなくエッヂがきいていてかつお笑い要素も多数な文章でした。その後文庫にまとめられて即買いしました。

また遊撃手時代かBNN時代か失念しましたが、やっていた問題企画が、ゲームワースト10だったかな?要はクソゲーランキングです。かなり内容も濃く、すごい真っ当な企画なのですが、マイコン誌としては致命的な企画でこれによりマイコンゲームメーカーの広告は確か一切入らなくなってしまった...だったかな?...。

で、ちょっと時代は前に戻りますが、ついに自宅にマイコンがやってきたのでした!確か小生が小学生高学年の時。

NECのPC-8001です。しかも確かHAL研究所のグラフィックボード付き!つっても買ってもらった訳では無いのです。

先程述べた様なマイコン展示売り場のサロン的な所で、兄者が知り合いになったサラリーマンがマイコン持っているけど忙しくて使っている暇無いので貸してあげるよ?的なことで借り受けたのでした。だったかな?

グラフィックボード付きなので自宅でドットベースのグラフィックのゲームをやりまくりです。

そしてBASIC言語でちょっとしたゲームとか作って遊んでいました。

そして中学生になりましたです。

んでいよいよファミコン!の発売です!これはまぁ安いので誕生日とかに何とか買ってもらいました。最初に買ってもらったソフトはピンボールとポパイだったかと思います。しかもゴミ捨て場から拾ってきたテレビを自室に持ち込みファミコンと繋いでプレイしていました。ゼビウスは友達皆でデパートの玩具売場に予約しに行きました。

そしてその頃はまだ風俗営業法が無かったので24時間ゲーセンで遊ぶことが可能だったのでした。なので中学の塾帰りにゲーセンで友達と深夜にたむろしていたのでした。しかも深夜12時過ぎとかまで...。って色々問題あるかと思うのですが...。警察に補導されたこともあるし...。でもその深夜ゲーセンでたむろす小生のような塾帰り軍団と、超不良連中が一緒にゲームを楽しむ、というほのぼのとした不思議な関係も生まれたのでした。色々あってその超不良連中人脈のお陰で命を救われるほど助かったりしたこともあったし。だってその頃のあの地方の不良って中学生なのにバイク盗んで乗っちゃうのは勿論、車も普通に運転しているのでした...。

読書:池袋ウエストゲートパーク
でもちょっと触れましたが、

んで不良隊とも仲良くなったおかげで、池袋~的なストーリーがその後展開するかというと、そういうわけでもなく......。でも体育祭騎馬戦バトルがきっかけの抗争に巻き込まれそうになったところを、そのゲーセン夜人脈で助かった、ていうエピソードぐらいなんですよね~。 あ、そうそう、ゲーセン後の帰宅徒歩途中に族のバイクに取り囲まれたと思ったら、くだんの不良隊で、爆音ひびかせながら、「○、○、○(拙僧名前、とそれに合わせた爆音コール)、ゲーセン!」と、再びプレイに突入させられたこともあったことよ......。(-_-;) 中学生がバイク、車に乗るのは不良隊では当然!という族文化最高潮の田舎の若者文化でした。って特殊なのかな?んで、不良隊君たちが属していた族は数年後、解散式を迎えるわけですが、それが新聞に載ったのにはびっくりだったよ。

一応、その暴走族の名称を書いておこう。

「夜櫻会」です。同名族はあちこちにあるみたいだけど。

そしてその頃のゲーセンのゲームで思い出したのが...。これは友達や見てる人達も相当引いていた、という事故を生み出してしまったのが...。コナミのハイパーオリンピック(Wikipedia)というゲームです。

要は上記のWikipediaをご覧になれば分かると思うのですが、オリンピックの各種目を戦うのです。ちょっと画期的だったのはRUNボタン2つとJUMPボタン1つの3ボタンのみの操作体系なのです。普通のゲームのようなジョイスティックは無し。

で100m走とかハードル走、幅跳びとかではRUNボタンの連打が必要なのは勿論、走高跳でも実は連打すると有利なのです。ということで連打には色んなメソッドが生まれたのでした。高橋名人のように肘固定で指先痙攣連打とか、ガチャガチャのカプセルとかでボタンを擦りまくる、など。友達で同じマンションに住んでいたF君とはそのゲームを一緒に滅茶苦茶かなりやっていたのですが。色々各メソッドをやった挙げ句最終的に辿りついたのは、鉄定規をビンビン弾きまくる手法です。鉄定規をボタンの少し上に合わせて左手で押さえ、右手でビンビン弾きまくるのです。この手法は他のどの手法よりも最適な結果をもたらし、高得点を連発しまくりました。1コインで数時間プレイしていたこともあった記憶。

そして恐ろしかったのが...。いつものように鉄定規でプレイしていたのですが周囲の視線が私の体に集中しているのです。何だろう?と思って自分の体を見たのですが...。白いTシャツを着ていたと思うのですが、その体に斜めに一筋の赤い線があるのです。
つまり鉄定規の弾き過ぎで指を怪我し、その血が鉄定規の反動で体に飛びまくっていて一筋の赤い線を描いていたのでした。ひええ!てか超お馬鹿...。

そして中3の夏頃に家を引っ越すことになったのでした。中学生活はまだ半年残っているぐらいだったので、電車通学することに。時間は30分ぐらいかな。

引越し当日は丸一日模擬試験だったので引越しには参加せず。で、普通に引越し前のマンションの自宅に帰ったら鍵掛かっていて。鍵開けたらすっからかんで誰もおらず...。

あ、そうか、新しい家に帰らないといけないんだ!と思って財布の中身を見たら電車賃足りず...。結局同じマンションの友達にお金借りて帰りました...。

で、通学時間という時間制約が加わったのに...。友達の家で終電ギリギリまでファミコンやったりとか...。なんとかギリギリでドルアーガの塔クリア出来ました。

ファミコン、ゲーセン、塾、受験勉強、深夜ラジオの両立で大変なことに。睡眠時間削って諸々勤しんでいました。

そして越境入学ということで某県立の進学校に合格できました。

で、入った部活は物理部です。

え?物理部って何?ってことで、また後日に続きます...。